日々雑感

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お話会が今年も始まります。

毎年この時期は小学校の「お話会」の準備で忙しいのですが・・・・・

私は今年は役員をしてないので、出しゃばるのはやめよう と思っていたけれど
やっぱりそうもいかなくて

あれこれ調整にいそしんでいます。

役員の人たちは、入会して2年目ということもあり、長くいる人たちとは
接点があまりなかったので、主に私は「長くいる人」との調整役みたいな形で
サポートしています(ってただのおせっかいなんだけど)

私自身は、語りで参加する予定で、1年生をのぞく全学年(2年生~6年生)
に入ることになっていましたが・・・・・

まず、半年ばかり前から温めていた、高学年向けのおはなし
「手なし娘」に失敗し(語りの会で披露したら、思っていたよりあまりよくなかった)

「ルンペルシュティルツヘン」は、去年もしてて、5,6年生には使えない・・・・

最近いろんなところで語っている「とりつこうか ひっつこうか」は、相方さんの
お話と雰囲気がカブったりして使えなかったり

そんなこんなで、あまりテンションが上がらず、5年生は無理を言って他の人に
お願いし

6年生のおはなしは、「とりつこうか ひっつこうか」をするために、相方さんに
持ち話を変更してもらったり

いろんな方面で迷惑かけています。

でも、お話会のプログラムというのは、難しいもので
和物(日本の昔話)ばかり偏っている人同士が組むと、バランスが悪いし
(でも皆さん、自分の都合のいい日というものがあるので)

本音をいえば、私のような語り初心者で、持ち話に乏しい者に合うように
ベテランさんが、自分の持ち話を考えてくれればいいのだけれど・・・・・・
(考えてはくれているのですが、やはり「今、語りたいおはなし」が
皆さんそれぞれあるので)

ほーんと、難しいです。

すべては、「手なし娘」が語れなくなってしまったのが原因かしら・・・・

「手なし娘」というのは、世界各地に類似話がたくさんありますが
私が覚えたのは、日本の昔話(こぐま社)で、

継母に両手を切り落とされた娘が、自分を最初に見染めてくれた若旦那と
結婚し、子供を産むのだけど、

継母の策略によって、子供と一緒に婚家を追い出され

守護神の助けによって、子供の命を助けようとしたときに、失われた手が生えてくる

そして結果はハッピーエンド


と、ものすごくざっくり言うとそういうはなしです。

このおはなしの見せ場は3つあって

①冒頭で娘が継母により、両手をナタで切り落とされ谷に突き落とされてから
はいあがって、再び若旦那に出会うまで

②江戸にいる若旦那に、両親が「子どもが生まれたよ」という手紙を
(下男に)持たせるのですが、その途中で継母にその手紙を読まれ
継母が嘘の手紙に書き換えてしまうこと

③家を追い出された手なし娘が、子供の命を助けようとしたときに
手が生えること

私は、②の場面は喜々として語れるのですが(ホント、私ってヤマンバとか意地悪ばあさんとかが好き)

一番重要な③の場面、手なし娘に手が生えるところで

「手が見えない!」と指摘され

(つまり聞き手に手が生えたという情景が伝わらない ということです)

そこで手が見えなきゃ、このはなしは台無し です。

よくよく考えてみると、自分の中で「なぜ、手なし娘に手が生えるんだろう?」と
疑問に思う気持ちがあって、そういう思いで語っているので、聞き手に情景が
伝わってこないのかもしれない

それなら、このおはなしは私にはまだ出来ない

と、思ったわけです。

語りはやっぱり難しい・・・・
それだけ、自分の生きてきた過程であるとか、思いであるとか
それを表現できる行為だなあ とつくづく思います。

おはなしせつこさんに言われた

「あなたが選んだおはなしは、あなたに語ってもらいたいのですよ」

という言葉を、しみじみとかみしめている最中です。

きっといつかまた、「手なし娘」を語れる日がくると信じています。
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by juntumai | 2012-10-19 08:08 | 語り | Comments(4)
Commented by at 2012-10-21 23:23 x
じゅんこさま♪

こんばんは~ お久し振りです。

秋の読書週間を迎えて、私も小学校の語りが増えて来ました~
3日前にも小4で手なし娘を語ってきました。
手紙を書き換えるところは途端にぐぐっと入ってきますね~

手が元に戻るところは私も語りづらいです。
生えると言うと、歯が生えるとか、木が生えるとか、伸びて来るようにイメージしてしまうので、一瞬にして『元に戻った』というように表現しています。

何だか偉そうなことを言って恥ずかしいです~~~
手なし娘一つとっても満足できるところなどほとんどないのですが、最後の「両手のない老婆が一人、ぽつんと佇んでいたと言う。」という箇所を語りたいばっかりにプログラムに入れています。

Commented by juntumai at 2012-10-22 08:12
せつこさま。

わー、よかった!お聞きしたい事がありまして・・・・

せつこさんは、どの本をテキストにして覚えましたか?

私は「こぐま社の、「子どもに語る日本の昔話3」で
覚えたのですが・・・・・
このテキストだと、継母は全くおとがめなし なので
それも納得いかなくて

でもせつこさまが前に書いて下さったときに
因果応報ではないですが、継母の手の代わりに娘に手が
生えてきた という筋になってるわけですよね?
それだったら「なぜ手なし娘に手が生えたのか」が
納得できるんですが・・・・・

(お仲間さんは、「きっと心理学的に何かあったはず。失われたものの
再生を意味するとかなんとか」 と言われています)

とにかく、半年前は語る気満々で覚えたのですが、ブランクが
あったせいか、今はそれほど「語りたい意欲」が
湧いてこなくて・・・・・

ちょっと寝かして、また再チャレンジしてみますね。
おはなし は1年寝かすと、また違った味わいがあるというので、
今年再び「なら梨とり」を語るのが楽しみです。
なら梨は、2年生に語ります。
(3,4年生は屋根チー を予定してます)

また色々教えてくださいませ~
Commented by at 2012-10-22 23:14 x
じゅんこさま♪

同じ題名でも出典が違うと結果が全然ちがうのですね~
私も、じゅんこさんがこぐま社の手なし娘を語っていることを知り、読みたいと思って購入したのですが、肝心の3を買わなかったのです。
その後すぐに3を買えばよかったのですが・・・・まだ読んでありませんでした~(><;)
継母には何のおとがめもなかったのですね~~~

私のは、伊豆半島の稲取という所に伝わるおはなしで、確か清水達也さんの再話だったと思います。

それともうお一人、やはり伊豆に伝わる手なし娘を再話されていて、この二つを元にしたように覚えています。

伊豆半島なので、みかんがたわわに実っていたりします。
また、鳥が食べ物を運んできてくれたり、みかん畑で働く息子と引きあわせてくれたりと、おはなしの全体を通して大きな働きをします。
確かおはなしの冒頭の部分に、「まだ人が鳥と言葉を交わしていた頃のおはなしです。」と、書かれていました。

出典は図書館で調べてみますね~

私も今日「やまなしもぎ」を保育園で語ってきました。
この季節にこそ語りたいですよね~

Commented by juntumai at 2012-10-23 08:57
せつこさま。

こぐま社のは、確か和歌山の昔話・・・・だったような気がします。
だから、みかん畑なのですよね~
そして、手が生えた娘は、守り本尊の導きにより
「高野山のふもとの茶屋」で働くことになります。
そこで娘を探していた若旦那と再会するのですが・・・・・
高野山が出てくるので、やはり西日本ですよね。

鳥というのは、昔話では「魂の化身」を表すことが多いので
もしかしたら、継母ではなく生母の魂の化身としての意味合いも
あるのでしょうか。
(その前に、そのおはなしの設定が「継母」になっているのか
どうかもありますが)

私が入っている語りの会の皆さんは、小澤さんの
「手なし娘」を語られる人が多いのですが、
小澤さんの「手なし娘」も、こぐま社とは全然違うみたいですね。
(もちろん大筋は一緒なのですが)
小澤さんのは、継母は「牢屋に入れられた」と書かれているそうです。
(おとがめ アリですね)

いろんな再話を比べるとおもしろいですよね~

なら梨とりは、私は「おはなしのろうそく」から覚えました。
これもいろんな出典がありますよね。