日々雑感

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幸せの価値観

保育士の免許を取って働くようになってから、研修として保育者向け講演会に行く機会が
何回かあります。

今日は発達障害の講演会に行ってきたのですが・・・・

対象者が「小さい子を持つ親」向けだったので、私自身は少し物足りなく感じました。

物足りないというよりも・・・・・・うーん、なんだろ?
今までの考えてきたことなどを、講師の先生に系統立てて
代弁してもらっている感覚はありました。

特に、最後のほうに先生が力を入れて話していたこと

「親は幸せの価値観を変えなければならない」 というくだり

日本の今までの価値観の中では、発達障害を持つ子供は幸せを感じにくいだろう と。

そもそも、幸せってなに? ということ。

これはねー、ホントに今まで長い事かけて、自問自答してきた部分です。

私は、昔ネット上で(自分の掲示板で)

「子どもは、自分より先に死ななければそれでオッケー。それだけが願い」

みたいなことを書いて、なぜか反響が大きかったことがあり・・・・・

その中で、

「プラス、幸せになってもらいたい」

と書いてくれた方がいました。

そのとき、その方には申し訳なかったのですが、自分の中で「ん?」と引っかかってしまった部分があり

「この場合の幸せってなんだろう?それは親が考える幸せであって、子供が望む幸せとは
また違うのではないだろうか?」

と、思ったのです。

こう書くと、すごく「物分かりいい親」みたいな感じですが(笑)

「思うようにならない子」を育てる期間がとても長かったので、自然と自分の価値観も
変えざるを得なかった 

なので、講師の先生がおっしゃっていた「(価値観を)変える必要がある」のではなく、
自然と「変わってくる」のが現実かな

実は身近に、「親は子供をこう育てなきゃならない」 という、確固たる信念?を持った方が
いらっしゃるのですが(主に、仕事関係で)

正直、「そんなふうにあてはまるものでもないけどな」 と、心の中でいちいち反発してしまう自分が
います。

たぶん私がやってる仕事としては、そういう観念をどこかで持ちつつ、理想と現実の折り合いを
上手く取りながら、親御さんに働きかけていけばいいのでしょうが・・・・・・

うーん・・・・・そういう「~でなければならない」 という価値観自体が、私にはもう無いからなあ・・・・

私にできることは、親御さんに共感すること だけかなあ・・・・

たぶん、それから一歩進んで、何かを働きかけることがプロなのでしょう。

そういう意味では、もしかしたら自分は永遠に「プロ」になりきれないのかなと
思うのですが

うーん・・・・まとまらない(笑)
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by juntumai | 2012-10-22 16:20 | 保育士 | Comments(5)
Commented by nonmama at 2012-10-22 18:18 x
信念を持った方、私の仕事場にもいらっしゃいます。
いつも正しいことを言われるので、こちらは何も言い返せずです。
今日もそういうことがあったばかりなので(笑)
思わずコメント書き込んでしまいました~。

冷静に考えるとそうだよね・・・と反省する自分も居ますが。

自然と「変わってくる」のが現実・・・という言葉
よくわかります。そうなんだもの。
同じ立場にならないとわからないことも沢山あるから・・・
あえて説明をすることもしなくなってきました。

幸せってなんでしょうね。




Commented by juntumai at 2012-10-22 18:58
nonmamaさん。

わかりますよ~いつも正しい事を言っておられるので
何も反論することはないのですが
そういう方はきっと、子育てにつまづいたことってないのかなあ
と思うのですが、そういう方はそういう方で色々あるのかもしれず
それでも自分がこれまで持っていた価値観がゆらぐようなことまでには
至ってないのかな・・・・私から見たら「恵まれた人なんだな」と思います。(これってひがみ?いや、そうでもないと思いますよ。むしろ
私達は他の人が感じないような「些細な幸せ」を感じることが出来る
ある意味、「恵まれた人」なんだと思いませんか?)

その先生(自身も身体的な障害のある言語聴覚士の方です)が
おっしゃっていたのは、
「子どもが、子どもに応じた幸せを感じられるようにすること」
「あなたはあなたのままでよいということを伝え
自己肯定感を持てるように親が愛すること」
「以上は最終的に親がやるべきこと」

そして、「子どもが最も安定した場所を見つけてあげること」

「安定した場所」とは、その子にとっては家かもしれない、
授産所かもしれない、福祉施設かもしれない

(つづき)
Commented by juntumai at 2012-10-22 19:04
(つづき)

まさに次男のことを思うと、この先生の言葉は実感として
感じることなのですが・・・・

一方、長男に関して言えば、まだ「何が彼の幸せなのか」が
わからず、混沌としています。
今、まさに岐路に立っている長男ですが

親の思いとしては、「そんなに高い目標を立てずに、自分が合った所で
着実に進んで欲しい」
という切実な願いがありますが

彼はとことん挑戦したい気持ちがあり

私は彼の思いを受け止めるべく覚悟を決めたのだけど
一方でまだ悩む自分もあって・・・・・

先生もおっしゃっていましたが、「最悪なことを想定しつつ」
彼の望むようにさせないとダメかな と思ってます。
なんというか・・・・私達は、常に「最悪のケース」をどこかで
考えていませんか?
今日、先生に「最悪なことを想定しつつ」と言われ
「ああ、それでいいんだ」と思った次第です。

あら、こう書くと、やっぱり聞いてよかったんだなと思いました(笑
講演中は、少し不満だったのですが)

この年になると、自分が選択したことは(たとえ些細なことでも)
見えない手が導いているものですね。
Commented by nonmama at 2012-10-22 20:10 x
今日は主人から「カチンときたってことは本当のことじゃない?」
と言われて気づかされましたが(笑)

「恵まれた人」なんだろうな~と感じること、たまにありますね。
正しいことと正しくないことだけで世の中は出来てないよって。
経験しないとわからないことなのかもしれませんね~。

「最悪のケース」いつも頭に浮かびます(笑)
それで望むようにさせるって勇気も必用ですが。。

他人が言うコト思うコトって結構勝手ですから(笑)
気にし過ぎずに生きられたらそれが幸せなのかもしれません。
Commented by juntumai at 2012-10-22 21:39
nonmamaさん。

うちの長男の場合は、特に、やりたいことイコール得意なことではないので(野球がその最たるもの)、親としては本当に歯がゆいというか
もどかしい思いを常にしてきました。
「向いてることはいっぱいあるのに、どうして向いてないことを
やりたがるのだろう」と。

でもそれが彼の生き方なのですよね。
親の思いはどうであれ、自分が不得意なことでも苦手なことでも
「やりたい」方向にいく、それが先生の言う
「子どもに応じた幸せ」なのかな と思います。

例えそれで人生脱線したとしても、また彼の望みがかなえられなくても
本人の中で踏ん切りがつかないとダメなのかなあ・・・・・と。

私にとっては(親にとってはというべきか)、あまり良い方向に
いくとは思えなくても、もう仕方ない、彼の思いが強いのだから
とあきらめるしかないのかな と思います。
これは「必要」ではなくて、もう仕方ないことなんですよね>うちの場合。
それだけ頑固なのですよ、うちの長男は。
なので最悪のケースは覚悟しています。それしか私に出来ることは
ないかな。