日々雑感

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花子とアン終わる

「花子とアン」終わりましたね~

最終回の村岡花子(吉高ちゃん)のスピーチは、往年のアン・ブックスファン
である私としては、じーんとくるものがありました。

まさに私は、アンに助けられた中高生時代といっても過言じゃなかったなあ~
元々ネガティブな性格で、中高生の頃はそれがマックスだったので
アン的な考え方には衝撃を受けたし、「ああ、こんなふうに考えれば
いいんだろうね~」と思いながらも、なかなかアンのようには前向きに
なれなくて、グズグズ悩む面倒くさい子でしたが・・・・・

今、娘が中学生のモヤモヤ真っ最中なのですが、彼女にも言いたい
「何か自分の拠り所となる本を読め」と。

うちの3人の子たち、長男は私に似て活字中毒気味で
いまだに本を読み倒している「文学青年」(笑)なのですが
あとの2人はその点はダメやった~

長女もその気になればガンガン読むタイプだとは思うのですが
いかんせん本を読まないタイプ。

今の子だって、読む子は読みます。
でも読まない子は多分一生読まないかな(うちのダンナがそうだもんな。
1年に1回の人間ドックとか、半年に1回の検診の待ち時間くらいしか
本を読まない。)

ダンナも長女も、その気になれば読む力は持っていて、
本を楽しむ能力もあるけれど、まず「本を読む」という習慣がない

でもなぜか、本を読まないタイプのほうが世の中上手く渡っている人
が多いような気がします。
本を読む人っていうのは、私もそうだし息子もそうだけど理屈っぽい
んだよね~たぶん理屈で満足しちゃうんだよね、きっと。

正直、アンの物語は昭和の終わりまではまだ受け入れられていたと
思うのですが、平成に入ってからはほとんど読まれてないのでは?

やっぱり今の時代じゃ、村岡先生の訳はあまりに文語調で時代がかっていて
今の子にはほとんど通じないのでは・・・・・・「歓喜の白路」なんて、それこそ
今の子の「想像の余地」を超える言葉だろうしなあ~

この前、ようやく花アンの原作「アンのゆりかご」を読みましたが・・・・
村岡先生は、ついにカナダを訪れることはなかったそうです。
(そのチャンスは何度かあったようですが)

たぶんそれは、自分が訳したものと、実際のプリンスエドワード島の
印象と違うものだったら・・・・・と、ちょっと怖くなったのかも?

これほど広く日本人に受け入れられた翻訳物は、村岡花子訳
「赤毛のアン」 と、大久保康雄訳「風と共に去りぬ」と、松岡佑子訳
「ハリーポッター」 の3作でしょうか

(うち村岡訳と松岡訳の批判は色々と出ていますが、最初に
翻訳した人がやっぱり偉いと私は思います。言葉は悪いが
「やったもん勝ち」かなあ~と)
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by juntumai | 2014-09-27 20:36 | 読んだ本